2009-08-19 13:50 | カテゴリ:ジョニーデップという人間
いきなりですが、人間『ジョニーデップ』に絞って記事を書いてみたいと思います。

お気に入りの写真も載せちゃいます。

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最初はジョニーのプロフィールの羅列になるかもしれませんが、ジョニーの言葉、エピソードも含めてゆっくりとマイペースで書きますのでお付き合いくださいね♪

ジョニーは1963年6月9日午前8時4分、ケンタッキ州オーエンズバラで生を受けました。
母親であるベティ・スー・デップにとって4人目の子供で、2人目の男の子でした。
ジョニーの家はフレデリカ・ストリートの南方面ハイウェーからほど近い住宅地にあり、街の西側に位置していました。

ジョニーの幼い頃はお母さんの意向でよく引越しをしていたようです。
そのことをジョニーは・・
『お袋が何かにつけて引越ししたがるんだ。
苦労したよ。たとえ短い距離の移動でも、新しい友達を一から作らなきゃいけないからね。
同じ地域に長く住むことはなかった。知り合ったと思ったらすぐ引越しさ』


それでもジョニーの幼年期は幸福だったようです。
多くの子供達と同じように、テレビドラマに登場するヒーローに憧れていて、ハーレムグローブトロッターズ(アメリカ合衆国アリゾナ州フェニックスに本拠を置くバスケットボールのエキシビションチーム)の一員になることを夢見ていました。

ジョニーが2歳になった頃、一家はそれまでの家より少し大きくてモダンな住まいに引っ越します。
場所はフリーマン・アベニュー沿いで数分歩けば『エルム街』というジョニーが関わった映画と同じ地名の場所もあったそうです。

そしてまた一年後に引越し。。
次の土地は、超保守的なケンタッキーという場所。
この頃ジョニーにもオファーがきているという噂のフランクシナトラやビッグバンドを聴きながら育ちました。
そしてその一方、叔父や従兄弟の影響でゴスペルやブルースにも親しんでいました。
ジョニーは毎週日曜日教会で聖歌隊として歌を歌っていたようです。
ジョニーは特に母方の祖父母を慕っていて、よくタバコ摘みに連れて行ってくれた祖父のことを『パウパウ』と呼んでいました。

しかし、幸福だったジョニーにも少しずつ暗い影が忍び寄ってきます。
夜中の両親の言い争う声・・・・
息子が生まれ、日に日に家計が苦しくなって行く中、父親は家業『OLデップ建設』に嫌気がさし、外に働き口を求め、ますます両親の不仲はひどくなっていきます。

続く

他の記事の合間に少しずつ書いていきますのでよろしくお願いします(*・ω・)*_ _))ペコリン



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